欧米のSaMD(Software as a Medical Device)動向(2023年以降)
中国のモビリティに続いて、今回は欧米のSaMD(Software as a Medical Device)にフォーカスを当ててみたいと思います。SaMDはSoftware as a Medical Deviceの略で、ソフトウェアのみで医療上の機能を果たす、薬事承認が必要なソフトウェアを指します。もっと簡単に表現するなら、「アプリを薬に」するということですね。近年、このプログラム医療機器の分野ではAI(人工知能)技術やモバイルアプリの進化に伴い、新たな医療サービスが次々と登場しています。残念ながら日本はこの領域においても、欧米に大きく水を空けられています。
承認数の比較表(2023年時点)
地域 | 承認済みSaMD数(概数) | 特徴 |
🇺🇸 米国 | 約692件 | AI/MLベースのSaMDが多数、承認数で世界をリード |
🇪🇺 欧州 | 50件以上 | MDRの施行により承認プロセスが厳格化 |
🇯🇵 日本 | 3件 | 承認数は少ないが、承認プロセスの改善が進行中 |
規制環境も大きく変化しており、欧州連合(EU)と米国で2010年代後半から進められてきた新ルールが2023年以降本格的な局面を迎えています。本記事では、まず欧米における最新のSaMD規制動向(EUのMDR〔医療機器規則〕および米国FDA)を解説し、続いて診断用・治療補助用・行動介入型の3カテゴリーそれぞれで、規制対応に工夫し市場にインパクトを与えている具体的なビジネスモデル事例を紹介します。
欧州におけるSaMD規制の最新動向(EU MDR)

EUでは2017年に制定された医療機器規則(MDR)が2021年に完全施行され、ソフトウェア医療機器にも従来以上に厳格な規制が適用されています。MDR付属書VIIIのルール11により、ほとんどの医療目的のソフトウェアはクラスIIa以上のリスク分類に再分類され、認証機関(ノーティファイドボディ)による審査が必要となりました。これは、安全性確保のためソフトウェア単体でもハード機器と同等に厳しい管理が求められることを意味します。
- 移行期限の延長: MDRへの移行が間に合わない既存機器に対して、EUは2023年に救済措置を講じました。2024年5月までに認証機関へ申請していれば、旧指令(MDD)下の認証証明の有効期限がデバイスのクラスに応じて2027年12月または2028年12月まで延長されます。これにより、2024年時点でMDR認証を取得できなくても製品を市場から一斉撤退させずに済むよう配慮されています。
- ソフトウェアアップデートの柔軟化: ソフトウェアは機能改善やセキュリティ修正のため頻繁なアップデートが不可避ですが、旧ルールでは些細な変更でも「重大な変更」と見なされ規制上問題になる恐れがありました。2023年5月、MDCG(医療機器調整グループ)はガイダンスMDCG 2020-3 Rev.1を発出し、「重大な変更」の定義を明確化しました。リスクに影響しない性能改善やUI向上、診断結果に影響を与えないアルゴリズム高速化などは重大な変更に該当しないと示され、SaMDメーカーがアップデートしやすい柔軟性が確保されています。
- 今後のEU展望: 欧州ではMDRによる医療機器管理強化に加え、AIを包括的に規制する「AI規則(AI Act)」の策定も進行中です。医療用途AIは高リスクとして追加要件が課される見通しで、今後SaMD開発企業はMDRとAI規則の双方への適合が求められる可能性があります。もっともEU当局も産業育成の観点から規制運用の柔軟化を図っており、ガイダンス整備や認証機関の対応力強化が進められています。
米国におけるSaMD規制の最新動向(FDA)

米国FDA(食品医薬品局)もデジタルヘルスの台頭に対応して規制のアップデートを加速させています。医療機器ソフトウェアに関する規制は連邦食品医薬品化粧品法に基づき従来から行われていますが、近年は専用のガイダンス整備や新制度の検討が活発です。
- プレマーケット(上市前)審査の最新ガイダンス: 2023年6月14日、FDAはデバイスソフトウェアのプレマーケット提出資料の内容に関する最終ガイダンス「医療機器ソフトウェア機能のプレマーケット提出資料の内容」を発表しました。これは2005年以来18年ぶりの改訂であり、旧ガイダンスで用いられていた「重大/中等度/軽度の懸念レベル」による分類を廃止し、提出資料を必要リスクに応じ「Basic(基本)」と「Enhanced(拡張)」の2種類に簡素化しました。死亡や重傷のリスクがあるソフトはEnhanced、それ以外はBasicとすることで、中低リスクのソフトウェアは従来より提出書類を簡略化できるようになっています。このリスクベースのアプローチ導入により、イノベーションを妨げず安全性情報を適切に提供させるバランスを図っています。
- AI搭載SaMDへの対応: AI/機械学習(ML)を用いたSaMDが増える中、自己学習型アルゴリズムの継続的改良をどう規制するかが課題となっています。FDAは2019年の討議ペーパーや2021年の行動計画を経て、2023年4月にAI/ML搭載デバイスの変更管理計画(PCCP)に関するドラフトガイダンスを発表しました。このガイダンスによりメーカーは将来のソフト改良点と検証方法をあらかじめ提出し承認を得ておくことが可能になり、承認範囲内の変更であれば追加申請なしで実装可能となります。つまり製品の上市時に「予定された変更計画」を盛り込むことで、AIアルゴリズムの継続的アップデートと規制順守の両立が図れるようになります。これにより、固定アルゴリズムのみではなく学習・進化するAI医療ソフトも現行制度で柔軟に扱える道筋が示されました。
- その他の動向: 2022年にはFDAが診療意思決定支援ソフト(CDS)の最終ガイダンスを発行し、医師が結果の根拠を確認できるような一部のCDSは医療機器から除外する一方、高度な診断・治療支援ソフトは機器として規制する線引きを明確化しました。また2023年からはサイバーセキュリティに関する提出要件が法改正により強化され、同年9月に関連ガイダンスが最終化されています。さらに2017年頃から検討されていたソフトウェア予備認証(Pre-Cert)制度はパイロット終了後に正式導入は見送られ、既存の510(k)やDe Novo、PMAといった枠組みの中でデジタルヘルス機器を効率良く審査する方向にシフトしています。総じてFDAは既存の規制手法をアップデートしつつ、革新的なSaMDの市場投入を支援する姿勢を強めていると言えます。
SaMDの注目ビジネスモデル事例
ここからは、診断用・治療補助用・行動介入型の3つのカテゴリーに該当するSaMDの具体例を取り上げます。いずれも規制当局の承認を得て市場展開されているサービスで、それぞれ技術的な特徴や規制対応上の工夫、そしてヘルスケア市場へのインパクトで注目されています。
診断用SaMDの事例: Viz.ai社 – 脳卒中AI診断プラットフォーム

Viz.ai(ビズ・エーアイ)は、AIを用いて脳画像から脳卒中(主に大血管閉塞による脳梗塞)を迅速に検出し、治療担当医に自動通知するプラットフォームを提供する米国発の企業です。Viz.aiの主力製品「Viz LVO」は、頭部CT画像を解析して脳血管の閉塞サインを平均6分以内に検知し専門医にアラートを送信できます。2018年2月に米国FDAからDe Novo(新規分類)認可を取得しており、この承認に先立つ臨床試験では従来の放射線科医よりも迅速に脳閉塞を発見し患者のトリアージが可能であることが証明されています。以降、同社はCT灌流画像解析ソフト「Viz CTP」や頭蓋内出血検出ソフト「Viz ICH」など複数の診断アルゴリズムで追加のFDA承認(510(k))も取得し、製品ラインナップを拡充してきました。EU市場でも2021年にCEマークを取得してサービス展開を開始しており、欧米双方で規制クリアした代表的なSaMD企業と言えます。
このプラットフォームの技術的な特徴は、高精度な画像解析AIとモバイル連携による治療ワークフローの最適化です。クラウド上のAIがCTスキャン画像から脳卒中の疑いを検出すると、当直の脳卒中チーム医師のスマートフォンに直ちに通知が飛び、画像も共有されます。これにより従来数十分かかっていた専門医への連絡が平均52分短縮されたとの報告もあり、治療までの時間短縮が患者の予後改善につながることが示されています。実際、5年以上の実臨床利用で96%の感度・94%の特異度という高精度も確認されており、複数の研究で治療時間短縮や入院期間短縮など有益なアウトカムが報告されています。またその市場インパクトは大きく、米国心臓協会(AHA)は2023年に「すべての脳卒中センターはAIプラットフォームを備えるべき」とする声明を発表し、AIによる脳卒中診断支援が新たな標準医療となりつつあります。さらにViz.aiのシステムは臨床アウトカムの改善が評価され、米国では新技術加算(NTAP)の適用による診療報酬上の優遇も認められました。このように規制上のハードルをクリアしたViz.aiは、迅速診断による命救済効果とビジネス上の収益モデル(病院向けライセンス提供+保険償還の追い風)の両面で成功し、今後は脳卒中以外の心血管や外傷領域へのAI展開も計画しています。
治療補助用SaMDの事例: Tidepool社 – インスリン自動投与アプリ「Tidepool Loop」
Tidepool(タイドプール)は、一風変わった経営形態を持つ米国の非営利団体で、糖尿病患者向けのオープンソースソフトウェアを開発しています。彼らの提供する「Tidepool Loop」は、1型糖尿病などで使用するインスリンポンプと連動し、血糖値センサー(CGM)のデータをリアルタイム解析してインスリン投与量を自動調整する閉ループ型のインスリン療法支援アプリです。2023年1月にFDAから市販前申請(510(k))の承認クリアランスを取得し、コミュニティ主導のオープンソース開発によるソフトウェアが初めてFDAに認められた事例として話題を集めました。Tidepool Loop最大の特徴は特定メーカーの専用ハードに依存しない相互運用性にあります。通常、この種の自動インスリン投与システムはポンプ・CGM・アルゴリズムが一体となった自社製品として提供されますが、Tidepool Loopは様々な市販のインスリンポンプやCGMデバイスと組み合わせて使える汎用プラットフォームとして設計・承認されました。例えばユーザーは自分の使用するポンプやセンサーに合わせてTidepool Loopアプリを設定し、医師と協力して最適な制御パラメータを調整できます。この柔軟性により、患者はデバイスのメーカーに縛られず自分に最適な組み合わせで自動インスリン投与を実現できるようになります。
非営利のTidepool社は、オープンソースコミュニティが生み出した技術を規制当局と協調して医療機器化した点でもユニークです。彼らは少人数のアジャイル開発チームで書類準備と検証を行い、パンデミック下でも開発を継続してFDA承認にこぎつけました。さらに自社製品の承認にとどまらず、「自分たちの提出資料が今後他社の510(k)申請時の前例(プレディケート)となる」ことを目指したと述べています。実際、同社の承認取得により、インスリンポンプメーカーは独自にアルゴリズムを開発せずともTidepool Loopを組み込む形で製品化でき、CGMメーカーも対応プラットフォームとして連携しやすくなりました。これは糖尿病領域全体のイノベーションを加速する可能性があり、エコシステム戦略とも言えます。市場への影響という点では、Tidepool Loop自体は営利目的ではありませんが、その存在が患者コミュニティの支持を得ているほか、大手医療機器企業との協業も進んでいます。また今後欧州での規制承認(CEマーキング)も視野に入れており、世界的にオープンかつ安全な治療アルゴリズム共有のモデルケースとなりつつあります。将来的には、こうした非営利組織が橋渡しする形で複数企業の機器を組み合わせた個別最適医療が実現し、患者のQOL向上と医療コスト削減に寄与することが期待されています。
行動介入型SaMDの事例: Better Therapeutics社 – 糖尿病デジタル治療「AspyreRx」

Better Therapeutics(ベター・セラピューティクス)は、生活習慣病に対するデジタル治療(DTx)を開発する米国企業で、その処方専用アプリ「AspyreRx」は2型糖尿病(T2D)患者向けのデジタル治療プログラムです。薬剤ではなくソフトウェアによって患者の生活習慣改善を促し、疾患をコントロールしようとする行動介入型のSaMDに分類されます。AspyreRxは食事・運動習慣の記録やガイダンス、教育コンテンツ、動機づけ支援などをアプリ上で提供し、認知行動療法(CBT)の手法を用いて患者の自己管理スキル(セルフエフィカシー)の向上と持続的な行動変容を促進します。2023年7月にFDAからDe Novo(新規)承認を取得しており、2型糖尿病の行動面にアプローチする初の処方DTxとして注目されました。この承認の背景には、大規模な臨床試験での有効性実証があります。AspyreRxは668人を対象としたランダム化比較試験で、標準治療+対照アプリ群に比べ有意なHbA1c低下(血糖コントロール指標)の達成を示し、治療介入から180日後には約半数の患者で平均1.3%のHbA1c低減という臨床的に重要な改善を証明しました。この結果は権威ある医学誌に論文掲載され、血圧低下・体重減少・気分や生活の質の向上といった包括的な健康改善効果も報告されています。FDAはこうした科学的エビデンスをもとにAspyreRxを安全かつ有効な治療法と認め、ソフトウェア単体を治療薬と同様に承認する判断を下したのです。
ビジネスモデルの観点でAspyreRxは、医師の処方により患者が利用する処方箋医療機器プログラムとして位置づけられています。製品は患者向けアプリですが、医療提供体制に組み込まれており、主治医はアプリを介した患者の行動データをモニタリングして適切な助言や他の治療との調整を行います。つまりデジタル療法と従来治療を組み合わせた包括的な糖尿病ケアを実現するモデルです。技術的な工夫としては、単に自己管理を任せるのではなく専門家(医師やヘルスコーチ)の介入を要所で絡めることで患者の継続利用を高めている点が挙げられます。実際、臨床試験では開始90日後の継続利用率94%、180日後でも81%という高いアプリ継続率が示されており、デジタルヘルスの課題であるエンゲージメント(利用継続)をクリアしています。市場へのインパクトとしては、2型糖尿病患者数が非常に多い(米国だけで約3,700万人)中で、薬剤だけでは不十分な領域に新たな治療オプションを提供した点が重要です。生活習慣の改善は糖尿病治療ガイドラインでも重視されていますが、従来は対面指導のリソース不足などから十分な実践が困難でした。AspyreRxはそのギャップを埋めるスケーラブルで標準化されたソリューションとして期待され、「テクノロジー・心理学・医学の融合」によって疾患の行動要因に対処する先駆けと位置づけられています。同社は今後、糖尿病以外の肥満症、高血圧、脂肪肝疾患など心代謝系疾患全般へプラットフォームを横展開する計画を表明しており、デジタル治療市場の拡大を牽引する存在として注目されています。
おわりに:革新がもたらす未来展望

2023年以降、欧米のSaMD規制は厳格化と柔軟化の両面で進化し、企業はその変化に対応しながら革新的なサービスを世に送り出しています。EUではMDR体制の下でソフトウェアにも高い安全性が求められる一方、規制当局は現実的な運用緩和策を打ち出し、米国FDAもガイダンス改訂や新概念の導入でデジタル医療を積極的に受け入れています。今回紹介したViz.ai、Tidepool、Better Therapeuticsの事例はいずれも規制のハードルを乗り越える戦略と技術力で市場を切り開いており、医療現場や患者にも大きな価値を提供しています。SaMDは診断・治療・予防のあらゆる場面で今後さらに存在感を高めていくでしょう。ビジネスパーソンにとっても、この領域の規制動向と成功事例を俯瞰しておくことは、ヘルスケア産業におけるイノベーションと市場機会を捉える上で重要となります。複雑な規制環境の中でも、患者に有益なソフトウェア医療機器を実現する企業の挑戦は続いており、今後も欧米を中心にSaMDの進歩と普及に目が離せません。
参考文献: 欧州医療機器規則(MDR)およびMDCGガイダンス、米国FDAガイダンス、各社プレスリリース・公式ブログ
◇GlobeNexusのスポットコンサルティングで海外進出の不安を解消
海外進出を成功させるには、現地のリアルな情報をいかに素早く、正確につかめるかが鍵です。スポットコンサルティングを活用すれば、無駄な遠回りをせず、成長市場への一歩を確実に踏み出せます。
GlobeNexusでは、海外進出に挑む企業を対象に、スポットコンサルティングサービス(セカイズカン)を提供しています。市場調査・販路開拓・現地パートナー探しなど、貴社の課題に応じた専門家がサポートします。まずはお気軽にご相談ください。